• 4日目 2000年3月11日(土)〜9時まで曇、以後つめたーい雨

    ◎起床・ごみひろい
     わじき温泉の駐車場でぐっすりねむれた。目がさめたのは朝の6時ぐらいか。 空は厚い雲におおわれており、今にも雨が降りそうな気配である。 就寝中を雨に襲われるという最悪のパターンからは逃れられたのでよしとしよう。 曇りではあるが、空気がきれいだし、 那賀川の水の音がなんともいえず心地よく響いてくるのでさわやかな気分になれた。
     駐車場にテントを張らせてくれたことに対するせめてもの感謝として、駐車場内のごみを拾うことにした。 クルマが20台ほどとまれそうな駐車場には、たばこの吸い殻がたくさん落ちていた。 川への斜面には、吸い殻はもちろん、ティッシュや菓子の袋、空き缶空き瓶、こどもの落書き...エトセトラエトセトラ。 とにかくいろいろ落ちている。パッと見、手で拾い集められそうな量なのだが、 実際に拾ってみるとすぐに左手がいっぱいになった。 でも、ごみはまだまだ落ちているのでツーリング装備のなかからポリ袋(面密度0.07kg/m^2)を取り出し、 そこにいれた。
     拾っていると、近所に2軒ほどある民家の女性が声をかけてきた。怪しい者じゃないっすよ、 という意味も込めて愛想よく笑顔をつくった。もちろん怪しまれていたわけではなく、 インスタントコーヒーとミルクが入ったマグカップ、ならびにお湯がいっぱいに入ったやかんを持ってきてくれた。 駐車場にテントを張っているツーリングライダーに対するあたたかい親切心を感じた。 ほんとうにうれしかったし、コーヒーがおいしかった。お湯がいっぱい残っているので、 少し冷してからタオルに含ませて顔を拭くのに使わせてもらった。 寒いテント泊でも、一晩寝れば顔が多少あぶらっぽくなったりはするので、それをさっぱり拭い取る。 ひんやりした山奥の空気と、熱すぎるぐらいのタオルのギャップが気持ちいい。最高。 一息ついてまた拾い始める。落穂拾いみたいで芸術的な朝だ。
     それにしても大量のごみがある。ちりもつもればやっぱりゴミ。 誰かが捨てなければ発生しないゴミ。美しい風景をみて、 こころが洗われたならばゴミを平気で捨てるなんてことできなくなると思うのだが。
     それにしても、いいところだ。夜到着したので、 この美しい川の流れや岩の様子は闇のベールに覆われていて、 この場の雰囲気など知る余地もなかったのだけに、その印象は鮮烈なものになる。 なんだか不思議な気分。
     ワゴン車が駐車場にやってきた。運転席には40前ぐらいのオジサンがいて、 助手席には小学校低学年ぐらいの男の子が座っていた。宿の関係者かな、 と思って軽く会釈した。クルマはすぐに去っていったが、しばらくしてまた戻ってきた。 おじさんが降りてきて、手にはコンビニのビニール袋。缶コーヒーとブラックブラックガムを差し入れしてくれた。 「いつも拾うの?」と聞かれたので、「たまには拾います」と答えた。あとでわかったことだが、 このおじさんは新聞配達の人らしい。
     黙々と拾い続けていると、温泉宿の主人が玄関からでてきて、大きな声で「どうもありがとう」といってくれた。 照れ隠しに笑って応える。さらに拾い続けていると、「風呂いれるから入っていけ〜」とおっしゃる。 遠慮がちに、うなずいた。とりあえず、まだゴミは落ちているので拾い続けていたが、 主人はしびれをきらしたのだろう、せかしてくる。韓国では目上の人に酒を勧められても、 3回までは断るらしい。で、あんまり断るのも失礼にあたるから、 それ以上勧められたらうけいれるそうだ。それと同じで、せっかく早く入れ、 といってくれているからゴミ拾いはしばし休憩。タオルを持って玄関をくぐる。

    ◎幸せの朝風呂
     普段は宿の主人が一番風呂みたいだが、この日は僕が一番の模様。 広い風呂で一番風呂なんてことはなかなかない。すごいことだ。  さっそく入る。風呂は川に面した方が総ガラス張りで、那賀川がばっちりみえる。 昨晩は味わえなかったおもしろさがあってよい。
     湯船のお湯に手を入れてみると、とんでもなく熱い。温泉でこれほど熱いのは初めてだ。 熱い、とは入浴前に主人から聞かされていて、あまり熱いようだったら水を入れていいと言われていたが、 風呂はこの宿の大切な商売道具。水を入れすぎて主人の思惑よりも温度を下げてしまっては、 それこそ経営に水を差すことになる。商売道具に傷をつけるようで、水を注ぐことはためらわれた。 ぐっとがまんすれば、熱いお湯にも慣れることができるだろうと、手から、足からの入湯を試みるが、 やはり熱い。とんでもなく熱い。2秒もすれば我慢できなくなってしまう。 我慢して平気なものなら我慢する。 しかし、細胞が死んでしまうのではないかとの危惧を持たざるをえぬほどに熱い。
     入らないのも悪いので、水を入れることにした。水道の蛇口をひねったが、広い風呂である、 たっぷりのお湯に蛇口一つの水量ではいかにも焼け石に水。変化がかんじられない。 水が注ぐその場所に足を入れてみたがやはり熱くてたまらない。 どうしようどうしようと思っているうちに、ほんのわずかではあるが体感温度が下がった気がする。 意を決して片足をゆっくり入れ、もう片方をもいれる。その後じょじょに全身をつからせた。 肩までつかって10秒我慢した。これが限界だった。

    ◎うれしい朝食
     服を着て宿の廊下を歩いていると、主人が現われてコーヒーを勧めてくれた。 なんでも、主人自慢のコーヒーで、使っている水がポイントだそうである。 畳敷の食堂に案内されると、そこにはコーヒーだけでなくバナナやみかんなどの果物類がおいてあった。 とてもうれしい。いただきます。
     ちょっとした宴会が開けそうな広さの食堂には、僕の食事の他にあとひとり分の食事が配膳されていた。 僕はコーヒーと果物だけだったが、あちらは小鉢もいくつかありちょっと豪勢。 きっと宿泊のお客さんがいるんだろうな、と思っていたら、おかみさんに連れられて尼さんが入室してきた。 おかみさんは僕のもとへ尼さんを連れてきて、「この方がごみをひろってくれたのです」と紹介してくれた。 そうすると尼さんは「若いのに感心」「なかなかできないことです」とえらくうやまってくれるので、 なんだか照れくさかった。いつも拾うのか?と聞かれたので、「たまにはします」と答えた。
     その尼さん、明石さんという名前で、近所のお寺のお坊さんらしい。 毎朝、托鉢みたいに何軒かのお宅を訪問して朝食をいただくらしい。 目がほとんどみえないらしく僕の顔もよくわからないそうだが、 「声でやさしい人柄がつたわる」なーんて言われてしまった。手をあわされてしまったりして、 すごく照れくさくなった。
     そのあと尼さんも席に着き、朝食を食べ始めるのかと思ったら、 僕の方に尼さんのための米飯やら味噌汁やらおかずやらを持ってきてくれた。 とんでもない、と断ったが、こんなにたくさんはたべきれないし、ほかのお宅でもご馳走になるから、 といってくれた。次々に持ってきてくれるので、遠慮を忘れてむさぼり食べた。遠慮は忘れたが、 感謝は忘れなかった。味噌汁には卵をいれた。おかずは、塩鮭や高野豆腐など。他に覚えているのは、 キンカンの甘露煮みたいなものや、いかの佃煮みたいなもの、他にもあったが忘れてしまった。 丁寧に作られた和食の味なんていうのは、ツーリング4日目にして初めてだったし、 味噌の風味にもご飯をかっ込むことにも相当飢えていたので、涙がでそうなくらいにおいしかった。
     テレビでは8時のNHKニュースをやっている。冬山で学生が遭難した、 などという悲しいニュースが読み上げられると、尼さんは手を合わせていた。 ニュースも終わると、連続テレビ小説。たしか、饅頭の話だったかな。 その頃になると、いただいた食事をすっかりたいらげてしまった。大満足。
     一息ついたし、尼さんにお礼をいってからそろそろ出発する事を告げると、 側にいらっしゃって、くれぐれも急ぎすぎて事故のないように、と心配してくれた。 家族をつらい目にあわせないように、ともおっしゃってくれた。 「のんびり、かつ慎重に走ります!」と宣言した。 さらには財布の中身の心配までしてくれた。貧乏ツーリングとは言っても、 万が一のために余分に所持金は準備している事告げると、安心してくれた。 尼さんは現金の持ち合わせがなかったが、もし持ち合わせがあってかつ僕に金がなければ、 お金をわけてくれたらしい。信じられない話だが、その気持ちだけで胸がいっぱいになった。 四国、親切な人がいるところなんだなぁ。
     尼さん宿の主人に深くお礼をいって、拾い残したゴミを拾いつつバイクのもとに戻り、 出発に向け荷造りをした。いかにも雨が降りそうな天気になってきたので、 荷物を大きなゴミ袋でくるむ。タンクバッグも付属のレインコートでくるむ。 カッパはなぜかまだ着なかった。
     そして出発。バイクに火をいれると、宿の主人がでてきて見送ってくれた。行ってきま〜す。 みなさん、いろいろ親切にしてくださって大変感謝しています。

    ◎出発〜道の駅鷲の里
     時刻は午前9時をとうにまわっている。先ほど拾ったゴミを捨てるためにR195を阿南方向に少し走り、 道の駅鷲の里に行った。ゴミを捨てたついでにトイレを済ませ、雨がぱらついてきたのでカッパを着込む。

    ◎R195を高知市方面へひたすら
     今日の目的地は、四国のへそに近い高知県本山町。なぜかといえば、 ツーリングマップルに、本山町に「白髪山休養センター」という施設があって、 なんと風呂付1000円程で宿泊可能と記してあったからである。 この日は大雨が予想されたが、テント泊における雨対策などやっていなかったし、 タイヤも溝がほとんどなく雨の中走っても危険なだけなので、 鷲敷温泉から割と近くて、かつ低料金の休養センターを目指すことにした。 休養センターという響きからは、最近村おこしで流行しているような最新の温泉施設をイメージした。 空調が完備され、温泉は24時間入り放題、畳敷の休憩室にはテレビが置いてあり、 ビールでも一杯。それでいて料金はたったの1000円、もう最高! そんなイメージばかりが僕の頭中で先行する。
     R195を高知方面に走り始める。雨はそれほど強くないが、路面はしっかり濡れている。 フロントタイヤの溝が浅いので、前輪が滑り気味。恐い。危い。 こんなバイクが雨の峠道を走るなんて無責任もいいところだ。 ペースの早いクルマにあおられたらいやだなぁ。
     ガソリンが残り少ないので、相生町の出光で満タン給油。 出発すると、地元軽トラのゆっくりしたペースの後をつける。 溝なしによるスリップダウンが恐いときなど、ゆっくりした前走車がいると安心する。 軽トラはすぐにいなくなったが、大きなトラックが前走車になったりしてしばらくは安泰。 赤色灯を回転させる軽パトカーが数珠繋ぎの先頭になったりすることもあって、 なんとか走れた。おそらく長安口貯水池を過ぎた辺りから、 他車は分岐でR193方面に行ってしまい、しばし独走状態。マイペースを守る。
     おそらく小身野々ダムあたりで、工事による片側規制があっていて、 エメラルドグリーンの軽自動車の後ろについた。 このクルマ、最初はたらたら走っていたが突然ペースをあげはじめた。 滑るフロントタイヤで、なんとか恐怖感なしについていける程度。 助手席には制服を着た女の子が乗っている。運転しているのは、おそらく父親だろう。 かなりの距離を走ったところで、前を譲ってくれた。いつもならうれしいが、 タイヤがやばいので複雑な気持ちになった。譲ってもらったからには視界から消えるのがエチケット、 スリップダウンの恐怖に体を硬直させながら下手くそ乗りで駆け降りる。
     実はこのR195、走って楽しい道だとの情報を得ていたので、 四国ツーリングの日程のなかで一度は走ってみたいと思っていた。 できれば、こんな雨の日ではなく、ドライコンディションで挑みたかった。
     途中左手に、ライダーズイン奥物部が見えた。噂のバイク車庫や洗車スペースを確認した。 この時とまっているのはアメリカン一台だけだった。この辺りからはカーブも緩やかで、 直線部分が多くなってきたので楽チン。急制動さえ気をつければ、溝の少ないタイヤでも普通に走行可能。
     雨で革グローブがグシュグシュになるのは嫌だったから、この日は防水機能ゼロの軍手を着用、 そしてあしもとはレインカバーなどなく靴を裸ではいていた。この日は気温がかなり下がったこともあって、 手と足という二大末端部分が濡れまくり容赦なく冷やされる。こうなると人間疲労を感じてしまう。 トイレも我慢できなくなってしまったので、道の駅美良布でトイレ休憩することにした。 ここにはアンパンマンミュージアムなるものがあって、アンパンマン好きにはたまらないかも。
     トイレを済まし、軍手に染み込んだ水を絞って再出発。南国市に近づくに従いクルマの量も増え、 流れが停滞する箇所も現われた。すりぬけすりぬけ。バイクでよかった。雨は嫌だけど、 渋滞はもっと嫌だ。
     R195の後は、R32を北上するので、南国市に入る直前で県道31に乗って市街地をパス。

    ◎R32で大豊まで
     R32は大動脈、走りやすい。ただしトラックも多い。たまにある登坂レーンで一気に抜いてください。 この日は土曜日だったが、雨という事もあってだろう、トラック以外のクルマは激少だった。 峠を越えると後は下るのみ。下りには追い越しレーンなど存在しないので、前走車の後をダラダラ走った。
     雨の勢いはそれほどでもなくなってきた。しばらく走ると、左手に道の駅大杉。 駐車場にバイクが2台、内1台はGSFだった気がする。
     その後すぐに大豊インターが現われ、その辺りでR439に乗り換える。 R439に入ってすぐのトンネル出口で歩道にバイクを乗り上げ、この先のルートを確認する。 休養センターなるものに行くには、R439を16km程走って県264に入れば良いのだが、 R439をもう少し走った所にある「道の駅土佐さめうら」で一息つくことにした。

    ◎R439〜道の駅土佐さめうら
     悪評高きR439だが、この辺りは道幅も広いし路面状態も良く、 天候さえ良ければ気持ち良く走れるはずだ。この日は冷たい雨だったので、 たいした距離でもないにかかわらず、まだかなまだかなと自分に問いかけながら走った。
     途中、かっこいいスカイラインが前を走っていたのに、役場に入っていったのが残念だった。
     やがて、右手に道の駅土佐さめうらが出現。右ウィンカーをだして駐車場へはいった。

    ◎道の駅土佐さめうら
     駐車場には、屋根付きのバイク専用スペースが確保されていた。 しかも、太い柱に幾本もの棒が差し込まれていて、そこにヘルメットをかけられるようになっている。 他に利用者もいなかったので、ヘルメット以外に、脱いだカッパをもかけさせてもらった。
     その後休憩所のような建物に足を踏み入れた。この道の駅はほとんどの部分が木造。 内装や机・椅子に至るまであちこちが木でできている。しかも、地元で製造しているらしい。 建物自体ごく最近に完成したようで、木のかおりが鼻腔をくすぐる。
     気温がすごく低いなかに雨で末端を濡らしたので、暖を取るために缶ココアを購入。 すぐ飲んでしまうのはもったいない、手のなかを転がしたり顔に押しあてたりしてそのぬくもりを精一杯に感じ取る。 休憩所には、訪れた者が自由に書き込みできるノートがあったので、それを読みながら缶コーヒーを飲むことにした。 見ると、「早明浦ダムをみにきました」という書き込みが多かった。 きっと天気のいい日には気持ちいい場所なのだろう。バイク乗りの書き込みもあった。 なんでも1月に四国ツーリングをテント泊で決行したようで、そのガッツ・猛者ぶりには感服。 僕は凍結が恐くて、とても1月に四国の山中を走ることなどできない。
     道の駅土佐さめうらを誉め称える書き込みも多かった。 トイレがきれい、ピザがおいしい、食堂の女の子がかわいい、等々。 数ある道の駅のなかで最高、という評価をしている人もいた。 たしかに、ここの道の駅には温かみを感じる。ほっとする。
     缶コーヒーも飲み終わったので、土産物売り場のようなところをブラブラする。 そんなに広いスペースではないが、陳列されている商品のほとんどは地元の人の手作り。 おもわず、独楽(まわすコマ)を買ってしまった。店員さんも、いい感じ。
     朝食をしっかり食べてはいたが、雨と冷気で体力を思いの外消費してしまったようで、腹が減っていた。 そこで、書き込みノートでも評判のよかった食堂に行ってみた。 この食堂、なんとピザが売り物である。しかも、調理責任者がイタリア人! その味にはかなり自信があるように思えた。 そんなピザを試してみたい気もしたが、いかんせん価格が少し高い (とはいっても安いものは1000円以下だが)ので手が届かない。結局きつねうどん500円を注文した。 運ばれてきたのは何のへんてつもないきつねうどんだが、これが妙においしかった。 初日にうどん屋で食べたうどんよりもおいしかった。量が少ないのが残念だった。 このうどんで腹一杯になりたかった。
     一息ついてバイクのもとへ。カッパを着込み、軍手をはめてヘルメットをかぶる。 ルートを確認して出発。実体が不確かな白髪山休養センターを目指すことにする。
     それにしても、道の駅土佐さめうらはいいところだ。シャワールームも設置されている。 なによりも、その土地に暮す人をダイレクトに感じ取れる点が良い。 村おこし、町おこしの目玉を目指したと思われる道の駅があちこちにあるが、 道の駅土佐さめうらはそのなかでも、その目的を変に気負わない形で具現化できている希有な施設、成功例である。 また行きたい、そう思った。

    ◎R439〜県17〜県264〜白髪山休養センター
     道の駅を出発して休養センターを目指す。R439を大豊方面に少し走り、 すぐに現われる県17へ左折。最初の橋を渡って県264を北上する。 県264に入るところで少し迷った。
     確信はもてないが、おそらく県264に乗れたので、あとはこの道をひたすら走れば休養センターだ。 しかしこの道、せまい1車線路で、とてもこの先にイメージする休養センターがあるとは思えない。 進んでも進んでも、道は狭くなる一方。災害掲示板によると、先の方は崖崩れで通行止めらしい。 通行止めの地点が休養センターより手前か、あとかはよくわからないが、とにかく大丈夫だと信じて進む。 対向車が時々あるので、そのクルマが休養センターでくつろいだ人の乗ったクルマだと思い込むことにした。  地図上直線距離では8km程なのだが、大規模休養施設はいっこうに現われそうにない。 勾配があるしかなりのくねくね道、雨も強まりペースがあがらないので気持ちばかりがあせる。 寒い。滑べる。泣きたくなってきた。
     どんどん山深くなっていき、心細くなる。そろそろ泣こうかというだんになって、 ようやく「白髪山休養センター」の看板があらわれた。 看板には矢印がその看板が立つ位置が休養センターであることを意味するようにしるされていた。 しかし、付近にそれらしい建造物はみあたらない。 みると小路があり、矢印はそちらを向いているようにも解釈できるので、ためしにそちらに行ってみた。 急勾配の坂を登り上がると、段々畑のあいだを道がぬうようになる。 道は急激に細くなり、バイク1台通るのがやっとになる。おかしいな、おかしいな、 と思いつつバイクを徐行させる。すると、急な下り勾配があらわれ普通の1車線路に合流した。 どうやら、先程から登ってきた県道らしい。これはいよいよおかしいぞ。引き返してみる。
     おばあさんが手押し車を押しながら歩いていたので、休養センターについて尋ねることにした。 雨は降っていたが、失礼のないようエンジンをとめ、ヘルメットを脱ぐ。
    (僕)休養センターはどこですか?
    (おばあさん)そこだよ、管理人はあそこの白い屋根の人。
    詳細は割愛するがえらく丁寧に教えてくれた。いいおばあちゃん。ああいう年のとりかたをしたいぞ。
     しかし、その答えには「??????」である。そこってどこ?って感じ。 とりあえず、礼を言っておばあさんが指さした方へいってみた。古いコンクリートの建物がある。 一階建てで、細長い。古い学校のようだ。手洗い場のようなものがあるし、いかにも学校だ。 狭い中庭のようなものもある。まさか?これが?予想図とはかけ離れているぞ!
     その建物の一角に案内板のようなものが見受けられたので、それを見てみることにする。 そこにはこれが白髪山休養センターであることと、管理人の所在についてがかかれていた。 さきほどおばあさんが指した白い屋根の民家がこの案内板にあるものと一致したので、 どうやらこれは本当に休養センターらしい。人の気配はないし、 はたして利用することはできるのだろうか?とりあえず管理人宅へ向かう。
     管理人さんは犬をたくさん飼っている。たくさん吠えられた。 「すいませ〜ん」と大声を発するが、反応は犬達からばかり。なかなか人は現れない。 何度か繰り返すと、おばさんがでてきた。休養センターを利用したい旨を伝えると、 意外にもすんなり事が進む。センターへ戻ると、おばさんもやってきて錠を開けてくれた。 昔家庭科室として利用されていた部屋らしい。家庭科室の雰囲気がむんむんする。  炊事道具も揃っていて、「瓦斯自動販売機」というコイン式のガス供給装置が珍しい。 食材さえあれば自炊が可能である。うれしいことに、TVは見放題。 隣の部屋は板ばりの教室一面に畳をひいたような部屋で、ここで寝ることになるらしい。 風呂は温泉ではないが、自分で沸かして入ることができるようだ。 頭のなかにあった休養センター想像図は見事に崩れ落ちたが、しかし、 雨風がしのげるだけでも幸せなことだ。石油ストーブも数百円払えば利用できる。
     まず、雨具や靴を乾かすことを考えた。それと、3日分の下着やタオル、靴下を洗濯。 家庭科室からバケツを拝借、手洗い場にてゴシゴシ。水が冷たい。この日は本当に気温が低い。 手がかじかむ。でも、なんだか楽しいんです。廃校跡に一人っきりで洗濯物、 なんてことはなかなかできるものではないし、 なによりも小中高通して「集団生活・組織」の象徴であった「学校」という場において自分一人、 自由気ままに行動できるという違和感に面白みを感じたのかもしれない。
     洗濯を終え、その辺りに干す。寒いし、雨だし、とても乾きそうにないが、とにかく干した。 その後は家庭科室に行き、テレビをみることにした。
     福岡には、めんたいワイドという夕方の番組があるが、同じような番組は各地で人気のようで、 高知県においても同様のコンセプトを持つ番組を放映していた。 コメンテイター役の人がダジャレを連発していてかなり面白かった。マジで面白くて、元気のある番組だ。 高知市の浦戸にあるてんぷら(魚のすりみの方)屋さんが取り上げられていて、おいしそうだった。 情報誌等はあんまり好きではなかったが、旅先でのこういう店の情報を効率良く摂取するには、 タウン誌や旅ガイドも利用価値があるかな、と思った。
     落ち着いたし、腹も減るので買いだしに出る。自炊は面倒なので、 下のスーパーまで行ってカップ麺を購入することにする。雨カッパをはおり、靴を履く。 足がグチュグチュするのはもう嫌なので、裸足に防水靴下代わりのビニールを履いてから、 靴を履いた。変な感じではあるが、濡れて冷たいよりはまし。 軍手をして、バイクに跨り山をおりる。
     辺りはもう暗くなっており、しかも雨が強いので視界が悪く、 溝の無いタイヤは滑べるので緊張する。あたかも、路面が凍結しているのでは? と疑いたくなるほどだった。一度通った道だとはいえ、やはり長くて時間がかかる。 くたびれる。距離にして片道20km程あった気がする。なんとかスーパーに到着。 雨合羽の上だけを脱ぎ、店内に入る。なんだか、じろじろ見られている気がしてならなかった。 スーパーカップの「とんこつ」「醤油」、それと赤飯の小さいのを買った。 計562円也。店を出て休養センターを目指す。
     やはり長い道のり。しんどい。心細くなるもので、途中で思わず福岡に電話してしまった。 PHSは当然圏外なので、ちょっとした集落にあった公衆電話を利用。
     なんとか休養センターにたどり着き、さっそくラーメンをつくる。 瓦斯自動販売機をフル活用。写真を撮るのを忘れたが、ほんとにおもしろい機械だった。 テレビをみながら、とんこつラーメンと赤飯を頬ばる。お茶は買わなかったので、 湯冷ましを飲んだ。
     食べ終ると寒くなる。最初、ストーブはいるか?と聞かれて「いりません」と答えたが、 やはり寒いし、目の前にあると恩恵を受けたくなるのが人の心。 管理人のおじさんに申し出ようとした矢先、おじさんがやってきて、 いまストーブに入っている石油ならタダで使ってよいとのこと。ラッキー。 ストーブは2つあるので、この2台に入っている石油を使えば、一晩は楽に越せそう。 ストーブをつけると、まじで暖かい。ぬくい。外に干して乾くはずのない洗濯物を急きょストーブの回りに並べた。
     テレビをみて時間を過ごす。NHKでは、昔のドキュメンタリー映像をいろいろ流していた。 印象的だったのは、大分県臼杵で、埋め立ての撤回を求めて漁村の主婦らが奮闘した件。 男達が遠洋漁業に出かけて留守の間に、海上での座り込みや抗議活動を繰り広げた。 彼女らのがんばりは実を結び、埋め立て計画は撤回されたのだ。 他にも、九州の温泉地(別府・湯布院)の話や一村一品運動の話があった。 映像で見た昔の湯布院は静かでいいところだった。この映像をみると、 現在の湯布院は観光地として完全に俗化してしまっているように思える。 昔の静かな湯布院を知っている人にとっては寂しい思いでいっぱいだろう。 大学帰りのお坊っちゃんによって、観光地化が勧められたようす。 田舎に欠けているものはアートだ、と言って、映画祭を開くことを突破口に、 観光地化をどんどんおし進めてしまった。田舎にしかないものを、 かつ湯布院にしかないものをもっと大切にしてもらいたかった。
     風呂にも入ったが、なかなか快適だった。その後は地図やテレビを見て過ごす。 年賀状の返事も書いた。23時頃の消灯を求められていたので、 それをすこし回ったところで寝床に入る。家庭科室からストーブを隣の寝る部屋に移動。 そのそばで、寝袋にくるまると非常に快適。4日間のなかで、最高の寝心地だった。
  • (4日目分、2000.5.29執筆)
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